1.はじめに
肺がんは、日本人にとってもっとも身近ながんのひとつです。男性でも女性でもかかる可能性があり、最近ではたばこを吸わない方の発症も増えています。
医学の進歩によって、肺がんの診断や治療は目覚ましく進歩しました。現在は、進行した肺がんであっても「治療を続けながら可能な限り長く安定した日常生活を送る」ことが可能となってきました。
TORGでは、肺がんに関する最新の研究や治療法を紹介し、より多くの患者さんが希望を持って治療に向き合えるように活動しています。正しい情報を知り、自分に合った治療を選ぶための参考になれば幸いです。医学の専門用語をできるだけ使わず、一般の方にもわかりやすい言葉でまとめたものです。
また、このページは2025年11月時点での最新情報を、医学的知識の少ない一般の方々に解説する目的で作成致しました。肺がんの診断と治療は日々進歩しておりますので、最新情報については以下の※サイトも合わせてご参照ください。また、当サイトでは分かりやすい表現を採用したため、一部専門的には正確でない表現も含んでいることをご了解ください。
※(参照)肺がん:[国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ]
2.肺がんの分類
肺がんといっても、実はいくつかのタイプがあり、それぞれ性質や治療法が異なります。気管支鏡検査などで肺がんの一部を採取(生検といいます)して顕微鏡で観察し、がん細胞の形や特徴からタイプを分類します。これを「組織型(そしきけい)」分類といいます。組織型を調べることは、病理検査といわれ、どの治療が最も効果的かを判断するうえで欠かせない、とても大切な検査です。肺がんは大きく分けて、非小細胞肺がんと小細胞肺がんの2つの組織型に大別されます(下図)。

非小細胞肺がん
日本人の肺がんの約8割が非小細胞肺がんです。進行している場合でも、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などの新しい薬が効果を発揮することが多く、長期的な治療が期待できます。非小細胞肺がんは、さらに次のように分けられます。
(1) 腺がん
最も多いタイプで、たばこを吸わない人にも起こります。また女性にも比較的多いのが特徴です。
(2) 扁平上皮がん
たばことの関係が深く、咳や血液の混じった痰(たん)が出ることがあります。
(3) 大細胞がん
やや稀ながんで、進行が速い傾向があります。
小細胞肺がん
顕微鏡でみた際に、がん細胞の大きさが小さいのが特徴です。細胞が増えるスピードが非常に速いため、発見された時点で転移していることも多く、手術ではなく薬物療法や放射線治療が中心になります。ただし、治療に対しては比較的よく反応し、効果が早くあらわれることもあります。
3.肺がんのステージと治療方針
肺がんと診断された場合、前述の組織型と同時に「がんの広がり=ステージ」を評価します。さらに患者さんの全身状態、年齢、併存疾患などを考慮して、最適な治療法(手術、放射線治療、薬物治療[抗がん剤・分子標的薬・免疫療法など])が決まります。肺がんのステージは、CT、MRI、PET-CT、骨シンチグラフィなどの画像検査で総合的に判断し、ステージT〜Wの4段階に分類されます。最も早期なのはステージTで、がんが進行するにつれてステージが上がります。
一般的に、ステージT〜Vは根治を目指す治療が行われます。一方で、ステージWでは根治ではなく、「がんの進行を抑えて今の生活をできるだけ長く続けること」が目標となります。近年は新しい薬の登場により、ステージWであっても、長く安定した生活を続けられる患者さんが増えてきています。以下に、肺がんのステージと一般的な治療方針を示します。

私たちTORGは、特にステージV〜Wの患者さんに対して、より良い治療を届けるための臨床研究を行っています。TORGの研究活動はこちら
4.肺がん診断のための検査
肺がんが疑われてから、治療までの検査の流れを下図に示します。それぞれの検査の目的を以下の4つに分けて解説します。

目的@:肺がんを確定診断(組織型の決定)する
CTやレントゲン検査だけでは、あくまで肺がん“疑い”の状況であり確定診断ではありません。肺がんの確定診断は、気管支鏡/胸腔鏡/CTガイド下生検などによって、肺がんの細胞を採取し、前述の病理検査が行われ、確定診断されます。後述する遺伝子検査に向けた、状態の良い検体を多く採取するために、より良い方法を検討します。患者さんへの苦痛を最小限にするための工夫や改良も行われておりますので、各病院で安心して検査を受けることが可能です。
目的A:肺がんの広がりを調べる
肺がんのステージは、主に画像検査で調べます。全身を評価するためには、レントゲンやCTだけでなく、現在ではPET検査(PET-CT)を用いることが主流です(下図)。糖尿病のある患者さんではPET検査で正確に評価できないため、骨シンチ検査で代用します。また肺がんはしばしば脳に転移するため、脳転移の有無を調べるためにはMRI検査が重要です。

目的B:肺がんの遺伝子異常を調べる
肺がんが発症する原因は、からだの細胞の設計図ともいわれる“遺伝子(いでんし)の異常”といわれています。この遺伝子の異常を調べることは、抗がん剤治療の際に非常に重要なポイントとなります。
特に日本人の非小細胞肺がんの患者さんは、約70%の頻度で何らかの遺伝子異常がみつかり、その遺伝子異常に合わせた抗がん剤(分子標的薬:ぶんしひょうてきやく)が非常に良く効きます。進行期(ステージV/W)や手術後に再発した患者さん、また手術の後に補助療法が必要と判断された患者さんは、遺伝子異常を調べます。
以下に代表的な肺がんの遺伝子異常について解説します。
EGFR遺伝子変異(イージーエフアール いでんしへんい):肺腺がんの約40〜50%
日本人の非小細胞肺がん(特に腺がん)では最も多くみつかる遺伝子異常です。特にタバコをあまり吸わないもしくは全く吸ったことの無い、女性に多いということが知られています。EGFR遺伝子変異が陽性であった場合、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(オシメルチニブ、ラゼルチニブ、アファチニブ、エルロチニブ、ゲフィチニブ)という内服薬(飲み薬)の抗がん剤が非常によく効きます。EGFR遺伝子変異は更にいくつかの変異タイプに分かれており、その変異タイプやそれぞれの患者さんの状態によって、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬と点滴抗がん剤の併用療法や、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬とアミバンタマブ(MET阻害薬)との併用療法なども考慮されます。
ALK遺伝子転座(アルク いでんしてんざ):肺腺がんの約5%
ALK遺伝子転座は、比較的若い患者さんに多くみられる遺伝子異常ですが、高齢の患者さんでもみつかることがあります。この遺伝子異常がみつかった場合、ALKチロシンキナーゼ阻害薬(アレクチニブ、ロルラチニブ、ブリグチニブ、クリゾチニブ)がとてもよく効きます。ALKチロシンキナーゼ阻害薬も内服薬(飲み薬)です。
ROS1遺伝子転座(ロスワン いでんしてんざ):肺腺がんの約3%
比較的若い患者さんが多く、タバコを吸わないもしくは全く吸ったことの無い、女性に多いと言われています。ROS1チロシンキナーゼ阻害薬(クリゾチニブ、エヌトレクチニブ、レポトレクチニブ)の内服薬(飲み薬)がとてもよく効きます。
BRAF遺伝子変異(ビーラフ いでんしへんい):肺腺がんの約2%
BRAF阻害薬(ダブラフェニブ)とMEK阻害薬(トラメチニブ)の併用治療の内服薬(飲み薬)がとてもよく効きます。
MET遺伝子変異(メット いでんしへんい):肺腺がんの約2%
METチロシンキナーゼ阻害薬(テポチニブ、カプマチニブ、グマロンチニブ)の内服薬(飲み薬)がとてもよく効きます。
RET遺伝子転座(レット いでんしてんざ):肺腺がんの約2%
RETチロシンキナーゼ阻害薬(セルペルカチニブ)の内服薬(飲み薬)がとてもよく効きます。
NTRK融合遺伝子(エヌトラック ゆうごういでんし):肺腺がんの1%未満
TRKチロシンキナーゼ阻害薬(エヌトレクチニブ、ラロトレクチニブ)の内服薬(飲み薬)がとてもよく効きます。
KRAS G12C変異(ケーラス ジー12シー へんい):肺腺がんの約5%
2次治療以降で、GTP結合阻害薬であるソトラシブの内服薬(飲み薬)がとてもよく効きます。
HER2遺伝子変異(ハーツー いでんしへんい):肺腺がんの約3%
2次治療以降で、HER2を標的とした抗体薬物複合体(ADC)であるトラスツズマブデルクステカン(点滴薬)や、HER2チロシンキナーゼ阻害薬であるゾンゲルチニブの内服薬(飲み薬)がとてもよく効きます。
その他の稀少遺伝子(NRG1、FGFRなど)
その他の稀少な遺伝子異常に対しては、有望な治験薬(未承認薬)が数多く開発中です。
トピック:
がんゲノム医療、Precision Medicine(プレシジョンメディシン)、遺伝子パネル検査(NGS)って何?
肺がんの遺伝子異常は、患者さん一人ひとり違うので、それぞれの患者さんの遺伝子異常をしっかりと調べて、個々の患者さんの遺伝子異常に適合した抗がん剤治療(分子標的治療)を行うことが大事です。これをいわゆる『がんゲノム医療』もしくは『Precision Medicine(プレシジョンメディシン)』といいます。
近年の急速な医学・工学の進歩により、がんの原因となる遺伝子異常が次々と見つかり、それぞれの遺伝子異常に対応した分子標的薬が治療の優先的な選択肢となるため、非常に多くの遺伝子異常を確実に調べていく必要が出てきました。
これを解決するため開発されたのが『遺伝子パネル検査』です。これは複数(数十〜数百)のがんの原因遺伝子を1回の検査で一気に調べる画期的な検査方法で、遺伝子検査にかかる時間を短縮することができます。この遺伝子パネル検査を行う医療機器のことを『NGS(次世代シークエンサー)』といいます。
目的C:稀少がん遺伝子まで含めて網羅的に解析する
遺伝子パネル検査の中には、稀少な遺伝子まで網羅的に解析することができる検査方法があります。これを、包括的がんゲノムプロファイリング検査(CGP検査)といいます。CGP検査結果は、未承認薬の治験(ちけん)情報も含めた薬剤の選択肢などが、専門家の意見も加えられた解析結果レポートとして報告されます。CGP検査は標準的な治療が終了した患者さんのみで健康保険の適応となりますので、ご注意ください。日本では2025年10月時点で、全国のがんゲノム医療中核拠点病院(13施設)やがんゲノム医療拠点病院(32施設)、がんゲノム医療連携病院(244施設)で行うことが出来ます。
がんゲノム医療中核拠点病院・拠点病院・連携病院について|がんゲノム医療とがん遺伝子パネル検査|国立がん研究センター がんゲノム情報管理センター(C-CAT)
一方で日本では、以前より国立がん研究センター東病院を中心として、LC-SCRUM-Japanという日本人の肺がん患者さんの遺伝子異常を大規模にスクリーニングするという研究プロジェクトを行ってきました。現在もLC-SCRUM-Asiaとしてこのプロジェクトは継続しています。こちらの対象は抗がん剤治療開始前の患者さんが対象とされておりますが、2次治療以降の患者さんが対象となるLC-SCRUM-TRYもあります。興味があれば主治医の先生にお尋ねください。何らかの稀少がん遺伝子が見つかった場合、治験に参加することもでき、治療選択肢が広がる可能性もあります。
LC-SCRUM-Asiaとは | 国立がん研究センターSCRUM-Japan
5.抗がん剤(化学療法)の種類と特徴
ステージV、Wの肺がん患者さんには、抗がん剤(化学療法)を中心として治療していきます。抗がん剤治療は、多くの患者さんで行われた臨床試験の結果=エビデンス(科学的根拠)に基づき、現時点で最も有効である確率が高い治療(現時点での最善の治療)が推奨されます。これを標準治療(ひょうじゅんちりょう)といいます。“標準”という言葉からは真ん中くらい(あるいは平均的な)という印象がありますが、信頼できる根拠にもとづく現時点で最善の治療であることに間違いありません。
(1)分子標的薬
前述の通り、非小細胞肺がん(特に腺がん)では、高頻度で何らかの遺伝子異常がみつかります。そのような患者さんに対しては分子標的薬を初回治療で優先的に使うことが原則です。分子標的薬の多くは内服薬(飲み薬)であり、効果の続く限り継続します。また分子標的薬はその種類によって、効果や副作用が若干違う場合があります。現在では、後述する細胞傷害性抗がん剤との併用療法を行う場合もありますが、それぞれの患者さんの状態に合わせて主治医と十分相談して治療薬を決定していきます。
(2)免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-1抗体/抗PD-L1抗体/抗CTLA-4抗体)
分子標的薬の対象となる遺伝子異常が見つからない患者さんに対しては、免疫チェックポイント阻害薬を中心とした治療が標準治療です。PD-L1は、がん細胞表面にあるタンパク質で、免疫に“ブレーキ”をかけるスイッチです。このスイッチが多いほど、免疫チェックポイント阻害薬が効きやすい傾向にあります。一方で、免疫チェックポイント阻害薬投与後に免疫細胞(リンパ球)が過剰に活性化してしまうと、自分のからだが攻撃されてしまう副作用(自己免疫反応)が、肺・腸・肝臓・皮膚・甲状腺などの臓器におこることがあり注意が必要です。
(3)細胞傷害性抗がん剤
分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が標準治療となる前は、細胞傷害性抗がん剤が初回治療の中心でした。現在においてもその重要性は変わらず、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬と併用することで、より治療効果を高めることが試みられています。また以前より副作用を軽くする工夫(支持療法といいます)が飛躍的に進歩したことで、吐き気など副作用が軽減され、現在では通院治療も可能となっています。
(4)血管新生阻害薬(けっかん しんせい そがいやく)
細胞傷害性抗がん剤や分子標的薬の治療効果を増強させる抗がん剤の一種です。しかし出血/血栓や高血圧などの副作用も増える可能性があり、使用できる患者さんが限られることがあります。
(5)二重特異性抗体薬(にじゅう とくいせい こうたいやく)
肺がん細胞の表面には、がん細胞に特異的な異常たんぱく質が発現している場合があります。肺がん細胞の表面たんぱくに接近して結合する薬剤を抗体製剤(こうたいせいざい)といいます。近年、2つのたんぱく質に結合できる薬剤、二重特異性抗体薬が開発され、肺がんに対しても有効であることが示されました。2025年11月時点で、肺がんに有効な二重特異性抗体薬は以下の2つです。
- EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺がんに対する、アミバンタマブ(EGFRとMETの二重特異性抗体)
- 再発小細胞肺がんに対する、タルラタマブ(DLL3とCD3の二重特異性抗体)

小細胞肺がんにおいては、がん細胞の表面にDLL3という小細胞肺がんの目印となるたんぱく質が多く発現しています。一方、がん細胞と戦う免疫細胞(リンパ球)の細胞表面にはCD3という目印のたんぱく質があります。2025年に日本で再発小細胞肺がんに承認されたタルラタマブは、DLL3とCD3の二重特異抗体です。タルラタマブは、DLL3抗体としてがん細胞表面のDLL3に結合し、さらにCD3抗体として患者さんの免疫細胞(リンパ球)とも結合します。すると小細胞肺がん細胞の近くにリンパ球が誘導され、そのリンパ球が小細胞肺がんを攻撃しやすくするという作用機序を有しています。
トピック: 手術の前後にも抗がん剤治療をした方が良い?
周術期とは、手術の前後に行う治療時期をまとめた呼び方です。手術可能なI期ではまず手術を先行して行います。一方、II〜III期では、必要に応じて術前・術後に抗がん剤治療を行うことで、手術後の再発リスクを減らすことができます。近年、免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-1/PD-L1抗体)や分子標的薬を周術期に行うことで、手術後の再発を防ぐ周術期化学療法が標準治療として確立ました。
執筆者
Ver1.0 横浜市立市民病院 呼吸器内科
東陽一郎、辻村周子、藤井知紀、檜田直也、猶木克彦、岡本浩明
Ver2.0 四国がんセンター 呼吸器内科
大橋圭明、原田大二郎、上月稔幸、野上尚之
Ver3.0 聖マリアンナ医科大学病院 呼吸器内科
古屋直樹
Ver4.0 聖マリアンナ医科大学病院 呼吸器内科 西山和宏
帝京大学医学部附属病院 腫瘍内科 石原昌志
東京都立駒込病院 呼吸器内科 森田芽生子
関西医科大学附属病院 呼吸器腫瘍内科 山中雄太
聖マリアンナ医科大学病院 呼吸器内科 古屋直樹(監修)















