肺がんについて

1.はじめに

このページでは、2019年12月時点での最新情報を医学的知識の少ない一般の方々に解説する目的で作成いたしましたが、肺がんの診断と治療は日々目覚ましく進歩しております。
最新情報については以下のサイトも合わせてご参照ください。

がん情報サービス がんサポート

また、当サイトでは分かりやすい表現を採用したため、一部専門的には正確でない表現も含んでいることをご了解ください。

2.肺がんの分類

ひと言に肺がんといっても、いくつかの種類に分類され、その分類は組織型(そしきけい)と呼ばれています。組織型は、採取されたがん細胞を顕微鏡で観察し、がん細胞の特徴的な形(小さいがん細胞、丸いがん細胞、扁平ながん細胞など)によって決めています。この組織型を決めることを病理(びょうり)検査といいます。

肺がんの組織型は、小細胞がん(しょうさいぼうがん)と非小細胞がん(ひしょうさいぼうがん)に分類されます。非小細胞がんはさらに、腺がん(せんがん)扁平上皮がん(へんぺいじょうひがん)、大細胞がん、その他に分けられます(下図)。

3.肺がんのステージと治療方針

ステージは、がんの進行の度合いを示すもので、CT、PET、骨シンチ、MRIなどの画像検査の結果をもとに決められます。肺がんに限らず、多くの悪性腫瘍はステージによって治療方針が決まります。

以下に大まかな肺がんのステージと治療方針を示します。

I期II期III期IV期
IA期IB期IIA期IIB期IIIA期IIIB期IIIC期IVA期IVB期
肺がんの
広がり
肺のみ肺と一部のリンパ節肺と一部のリンパ節胸水
心のう水
1カ所の
転移
複数の転移(肺以外の臓器)
治療方針手術放射線+抗がん剤の併用もしくは手術±抗がん剤抗がん剤
TORGの
活動
TORGでは、主にV期、W期、手術後再発の患者さんを対象に標準治療よりもさらに良い治療法の開発を目指して臨床試験を行っています

4.肺がん診断のための検査

肺がんの診断の目的は大きく分けて以下の4つです。

それぞれの目的によって検査の種類が異なりますが、最近のトピックは何といっても『がんゲノム医療のための遺伝子パネル検査(NGS)』です。

目的@:肺がんを確定診断(組織型の決定)する

肺がんの確定診断は、気管支鏡/胸腔鏡/CTガイド下生検などによって、検体(けんたい)を採取し、前述の病理検査で確定されます。CTやレントゲン検査だけでは、あくまで肺がん“疑い”の状況であり確定診断ではありません。現在では、患者さんへの苦痛を最小限にするための工夫や改良が行われておりますので、各病院で安心して検査を受けることが可能です。

目的A:肺がんの広がりを調べる

肺がんの進行の度合は、いわゆるステージであり、これは主に画像検査で調べます。全身を評価するためには、レントゲンやCTだけでなく、現在ではPET検査(PET-CT)を用いることが主流です(下図)。糖尿病のある患者さんではPET検査で正確に評価できないため、骨シンチ検査で代用します。また肺がんはしばしば脳に転移するため、脳転移の有無を調べるためにはMRI検査が重要です。

目的B:肺がんの遺伝子異常を調べる

肺がんが発症する原因は、からだの細胞の設計図ともいわれる“遺伝子(いでんし)の異常”といわれています。この遺伝子の異常を調べることは、抗がん剤治療の際に非常に重要なポイントとなります。

特に日本人の非小細胞がんの患者さんには約70%の頻度で何らかの遺伝子異常がみつかり、その遺伝子異常に合わせた飲み薬の抗がん剤(分子標的薬:ぶんしひょうてきやく)がとても良く効きます。よってV期/W期もしくは手術後に再発した患者さんが抗がん剤治療を受ける前には必ず下記の遺伝子異常を調べます。

代表的な肺がんの遺伝子異常について解説します。

・EGFR遺伝子変異(イージーエフアールいでんしへんい):約40〜50%

日本人の非小細胞がん(特に腺がん)では最も多くみつかる遺伝子異常です。特にタバコを吸わないもしくは全く吸ったことの無い、女性に多いということが知られています。この遺伝子異常がみつかった場合、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(オシメルチニブ、アファチニブ、エルロチニブ、ゲフィチニブなど)がとても良く効きます。

TORGではこのEGFR遺伝子変異のある患者さんを対象にした臨床試験(TORG1833、TORG1834、TORG1938、TORG1939)を行っております。

・ALK遺伝子転座(アルクいでんしてんざ):約5%

比較的若い患者さんが多いですが、高齢の患者さんでもみつかることがあります。この遺伝子異常がみつかった場合、ALKチロシンキナーゼ阻害薬(アレクチニブ、クリゾチニブなど)がとても良く効きます。

・ROS1遺伝子転座(ロスワンいでんしてんざ):約3%
・BRAF遺伝子変異(ビーラフいでんしへんい):約2%
・NTRK融合遺伝子(エヌトラックゆうごういでんし):1%未満
・その他の稀少遺伝子(MET、RET、HER2、KRAS、NRG1、FGFRなど)
トピック:がんゲノム医療、Precision Medicine(プレシージョン・メディスン)、遺伝子パネル検査(NGS)って何?

肺がんの遺伝子異常は、患者さん一人ひとり違うので、それぞれの患者さんの遺伝子異常をしっかりと調べて、個々の患者さんの遺伝子異常にぴたりと合った抗がん剤治療を行うことが大事です。これをいわゆる『がんゲノム医療』もしくは『Precision Medicine(プレシージョン・メディスン)』といいます。

これまでは、個々の患者さんに対して、上記の遺伝子異常を一つ一つ別個の検査で調べていました。そのため、すべての遺伝子異常を検査し終えるまで、数週間かかることも珍しくなく、それまで治療を開始できない“もどかしさ”がありました。

しかし近年の急速な医学・工学の進歩により、がんの原因となる遺伝子異常は上記以外にも次々と見つかり、非常に多くの遺伝子異常を調べる必要が出てきました。

これを解決するため開発されたのが、『遺伝子パネル検査』です。これは複数(数十〜数百)のがんの原因遺伝子を1回の検査で一気に調べる画期的な検査方法で、遺伝子検査にかかる時間を短縮できると期待されています。この遺伝子パネル検査を行う医療機器のことを『NGS(次世代シークエンサー)』といいます。

目的C:稀少がん遺伝子まで含めて網羅的に解析

遺伝子パネル検査は有用な検査ですが、非常に高額であるため、これまではあくまで研究として行われてきました。しかし2019年から日本でも保険診療として遺伝子パネル検査が行えるようになりました。遺伝子パネル検査の行える病院は2020年1月1日時点でがんゲノム医療中核拠点病院(11施設)/がんゲノム医療拠点病院(34施設)という厚生労働省が指定した病院です。しかし保険診療での遺伝子パネル検査は、標準的な治療が終了した患者さんのみを対象としている点に注意が必要です。

一方で日本では、以前より国立がん研究センター東病院を中心として、LC-SCRUM-Japanという日本人の肺がん患者さんの遺伝子異常を大規模にスクリーニングするというプロジェクトを行ってきました。現在もLC-SCRUM-Asiaとしてプロジェクトは継続しています。こちらの対象は抗癌剤治療開始前の患者さんですので、興味があれば主治医の先生にお尋ねください。LC-SCRUM-Asiaでの遺伝子パネル検査で何らかの稀少がん遺伝子が見つかった場合、治験に参加することもでき治療選択肢が広がる可能性もあります。

肺がんの診断〜治療までの流れ

5.抗がん剤治療(化学療法)の種類と特徴

V期、W期の肺がん患者さんには、抗がん剤治療(化学療法)を中心として治療していきます。抗がん剤治療は、かつて行われた臨床試験の結果に基づいて、現時点で最も有効である確率が高い治療(現時点での最善の治療)が推奨され、これを標準治療(ひょうじゅんちりょう)といいます。“標準”という言葉からは真ん中くらい(あるいは平均的な)という印象がありますが、標準治療は現時点での最善治療であることに間違いはありません。

(1)分子標的薬

非小細胞がん(特に腺がん)では、高頻度に何らかの遺伝子異常がみつかります。そのような患者さんに対しては分子標的薬を初回治療で使うことが原則です。分子標的薬の多くは内服薬(飲み薬)であり、効果の続く限り継続します。また分子標的薬はその種類によって、効果や副作用が若干違う場合があります。治療開始時に主治医と十分相談して治療薬を選択します。

(2)免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-1抗体/抗PD-L1抗体)

分子標的薬の対象となる遺伝子異常がみつからない患者さんは、全体の約30〜40%です。そのような患者さんは、免疫チェックポイント阻害薬を含む治療が標準治療です。2〜3週毎に点滴投与し効果の続く限り継続します。この薬剤は患者さんの免疫細胞(めんえきさいぼう)に作用して、患者さんの免疫力(がんに対する抵抗力)を向上させることで、がんを治療します。逆に、この免疫力が過剰になるとがんだけでなく自身のからだを免疫細胞が攻撃する副作用(自己免疫)がみれることがあり注意が必要です。

(3)細胞傷害性抗がん剤

分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が標準治療となる前は、細胞傷害性抗がん剤が初回治療の中心でした。現在においてもその重要性は変わらず、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬と併用することで、より治療効果を高めることが試みられています。また以前より副作用を軽くする工夫(支持療法)が飛躍的に進歩したことで、吐き気や脱毛の副作用が少ない治療になってきました。

(4)血管新生阻害薬(けっかんしんせいそがいやく)

細胞傷害性抗がん剤や分子標的薬の治療効果を増強させる薬剤として期待されている抗がん剤の一種です。しかし出血/血栓や高血圧などの副作用も増える可能性があり注意が必要です。

分子標的薬免疫チェックポイント阻害薬細胞傷害性抗がん剤血管新生阻害薬
対象・遺伝子異常のある場合・遺伝子異常のみつからなかった場合
・分子標的薬が効かなくなった次治療として
・遺伝子異常のみつからなかった場合
・分子標的薬が効かなくなった次治療として
・細胞傷害性抗がん剤や分子標的薬との併用
主な副作用間質性肺炎
肝機能障害
皮膚障害
下痢
自己免疫様の副作用
(免疫力が過剰になり自身のからだを攻撃してしまうような副作用)
骨髄抑制
感染症
腎機能障害
出血
血栓症
高血圧

執筆者

Ver1.0 横浜市立市民病院 呼吸器内科
    東陽一郎、辻村周子、藤井知紀、檜田直也、猶木克彦、岡本浩明

Ver2.0 四国がんセンター 呼吸器内科
    大橋圭明、原田大二郎、上月稔幸、野上尚之

Ver3.0 聖マリアンナ医科大学病院 呼吸器内科
    古屋直樹



ページトップへ